啓発舎

マジすか? マジすよ

今日は今日で、前川事務次官、元ね、の講演に横やりをいれる文科省


こう続くと、おれも、テツガク、に走ってしまうことは避けられない。
おれさまともあろうものが、テツガク、など書生臭いことを。


財務省のごたごたにしても、今日の文科省のいきさつししろ、問題の根本は、人間性の抑圧です。


サバンナでど突きあう生き物が、因循姑息な人間、じゃないか、同じ種の動物同士のあれやらこれやらで行動を自ら、あるいは他律的にしばられたら、あっというまに食われてしまします。


人間性、というのは正しい言い方ではない、動物、いや、「生き物全般」の本来の性質を、「生物性」、こなれない呼称だ、そのうち、ヒト科に属する生き物の本来のありようを、「人間性」と呼ぶとすると、その定義は、食い合い、であります。
おのれの生存が究極の目的。


ヒトは、おおらかに、ドつき合う。
だから、これをしばるのは、全部、人間性の抑圧なんですのよ、奥様。


ドつき合うのが本省、ハハ、じゃないか、本性でも、とりあえず、お腹いっぱいであれば、他にちょっかいだす必然性もないしめんどくさいから、ふつう、そういう無益なことはしない。


やりあうのは体力消耗だし、ぼーとするほうがもちろん楽だから、そういう状態をつくりだそうとするのは自然の流れだ。


それやこれやで掟みたいなのができるが、これは互いの存在を最大限尊重しようという、競技のルールであります、畢竟。


ところが、このルールというのは、何故だか独り歩きを始める修正があって、あっという間に、鼻毛を抜く作法にまでいきついてしまうのだね。

で、掟にしばられて、因循姑息になる。
大リーグボールならぬ役人養成ギプスをぎしぎしいわせながら、日々送る。


しがらみのない世界でぬくぬくやってるから、こんな呑気なことを言っているので、もちろんあるが。


抑圧は、いずれ爆発につながる。


財務省は、まだ相当マグマが溜まっている、おれのみるところ。


予言したとおり、刺し合い、なすり合いは始まったが、これで終わるか。


お東大の秀才がなんでとか、優秀な官僚がどしてとか、世間はぴーひゃらさえずるが、優秀どころか、これほど「愚か」という言葉がすっぽりあてはまる連中もいない。


それがなにより証拠には、最近「無茶振り級にがっつり改訂。10年ぶりのサプライズ」と版を改めた広辞苑で「愚か」をひくと、財務省の役人をさす、と書いてある。
では、財務省をひくとどうか。
愚かものの集団、とでているではないか。


啓発舎の流儀だと、今回のようなのは面白物件として味わい尽くすのが正しい作法であるのだが、本物件は、なんていうんでしょう、いじましさがまとわりついて、おおらかに笑えない。
これをどう表現したらよいか。



審判者芭蕉にお伺いをたてたところ以下の託宣を頂戴した。


おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉