啓発舎

マジすか? マジすよ

快挙700メートル。

ガキだらけだった。日曜のせいか。

更衣室で、よそのじじいに、

「君、よく拭かないと風邪ひくぞ」

とかいわれて、

「今日は寒くないから」

とか、口答えしていた。

ひさびさに、赤勝て白勝て見物だ。

おせっかいじじい対マナーの悪いガキ。

これに母親が押っ取り刀で参戦すれば完璧なのだが、更衣室は男女別なのでそうはいかない。臥竜点睛を欠くというべきか。

 

天下おおむね太平なり。

ミッキー読響のお笑いブル7

で。三密。

 

 

第232回土曜マチネーシリーズ

2020 11.28〈土〉 14:00  東京芸術劇場

指揮=井上道義
チェロ=北村陽

ハイドン:チェロ協奏曲第1番 ハ長調
ブルックナー交響曲第7番 ホ長調 WAB.107

★当日のアンコールには、プロコフィエフ/行進曲(「子供のための音楽 op.65 」から/ピアティゴルスキー編)[チェロ]を演奏しました。

 

久々のミッキー。

 

 

一楽章 滋養 

二楽章 安寧から狂騒へ

三楽章 お笑い

終楽章 はちゃめちゃ

 

おもしろかったです。

以上。

 

で終わるのもなんなので。

 

一楽章

チェロ、のびやか、つややか。

tuttiの豊饒さ。

読響の弦は、日の本一だ。

 

ミッキー、悠揚迫らざる巨匠の貫禄。

 

二楽章

1stVnのオブリガートに支えられてチェロが奏でるアルベジオは、この曲の頂。

これを、ミッキーは、ばっちりいただいた。

はらわたに沁みただよ。

後半金管が、咆哮、じゃない、彷徨してました。

 

三楽章

だららった,だららった,だららった,だららった

のあとのラッパが、つかみです。

つかみ、というのは、漫才とかで、冒頭かまして客の笑いをとろうという、技であります、いうまでもないが。

すべると、だから、みもふたもない、最後までひびく。

で、今日はどうだったか。

ミッキー、この後、金管のオクターブの跳躍の箇所で、執拗に、左手振り上げて、ちゃんと跳ねろよ、承知しねえぞ、とやっていた。

その表情を正面から見られなかったのは幸いだ。

もし、これをまのあたりにしていたら、間違いなく情動失禁であったであらう、おれさまは。

 

終楽章は、ミッキーと金管のど突き合い。

ワグナーチューバは、さすがに。ちよっと。

咆哮、でも、彷徨、でもない、方向を失ってないか、楽音はどこへいった。

とら、だろうけど、

 

というわけで、おもしろ満載。

 

ミッキーは楽しいな。

 

読響は、しばらく、いいや。

 

 

 

 

 

 

昔お世話になった方の訃報が届いた。

70台の半ば。

 

 

ところで、ほっとする、みたいな気分になれるので、訃報は好きだ。

死んで残念な奴は、滅多にいない。

 

普通につきあっていたヒトでも。

もちろん、例によってどうでもいいので、どうでもいい、と流せばよいのだが、さすがに、生き死にですから、多少のさざ波は、たつようだ、おれなんかでも。

 

で、その感情の微小な励起が、ほっとする、というおれの語彙では、コトバになる。

 

肩の荷がおりる、といってもよいのだが、少し大仰だ。

そもそも別に負荷を受けていたわけではない。

 

が。

ヒトは、ちょっとそういうところがある。

 

そのヒトを知っている、あるいは、行き来があった、というだけで。

 

いま、そういうかんじ。

 

それもなんとかしたい、という。

 

だから、訃報は、これでこのヒトとはケリね、という意味で、うれしいお便り、朗報になる、特段障る事情がなくても。

 

一歩進んで、現に息しているヒトについても、それができないか。

自分のなかで。

おまえ、もういいよ、でてくるなよ、という。

もちろん、当方のあたまのなかのはなし、ね。

別に障る相手でなくても。

 

 

今回の訃報の方は、しかし、その類型ではなかった。

 

おれとしてはめずらしい。

 

 

しばし、懐かしい思いがした。

 

 

 

 

中産階級の没落、ということとは違うと思う。

 

ふつうに暮らしているヒトがあるていど集まれば、おちついた町が形成される。

 

失われたN十年というが、民主党政権の最悪期でも、いまより、なんていったらいいか、しっとりしたかんじが、まだ、そこここにあった。

 

銭金が大きい。これは言うまでもない。

ヒトがひもじくなった。

あるいは、将来ひもじくなる予感に。

 

それだけではないよな、でも。

 

 

638円上げて高値更新。

高円寺。

ディープ中央線文化とかいうが、その中心のルックとかパルの店は、ころころかわる。

待ち合わせの場所へ向かう道すがらルックを歩いたら、美容院がやたらにふえていた。

かわらないのは、七ツ森ぐらいか。行列です、観光名所。

全然ディープじゃない、表層、うすっぺら、です。

あと、無国籍っぽい悪趣味。

要は、金回りのわるいガキが蝟集する受け皿、といったところ。

武蔵小山も、ここ数年ちょっとそういうところがある。

 

若者の街とかいわれはじめたら、街はダメになる。

 

さっさと用事すませて、わざわざ河岸かえて荻窪で打合せしたさ。

 

 

神楽坂は、いつまで持ちこたえるか。

 

 

 

 

 

 

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東御苑では、空、をながめる。

この雲おもしろ、と撮ったが。

できばえはとほほ。

こういういきさつで、じじいが一眼レフに向かうのか。

 

水彩画は、やるかもしれぬ。

 

肩と脇腹が存在を主張する。

 

今年は、乾門開放がないから、閑散。

いいかんじだ。 

 

 

 

 

今日は、小学校のプールで600メートル泳ぎました。

途中から、なんだかまじめになってしまいました。

ぼくちんらしくない、つぎは、さいごまでちんたらやりたいと思います。

 

 

 

ビールうまい。

鼠径部がいてえぞ。

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もみじの絨毯。

 

今日の北の丸は曇天にして風やや強し。

 

が、分け入ると、こんなかんじ。

樹々が空気の流れをしずめるから、静寂です。

 

 

 

 

 

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雲の流れ。

 

今年の秋は、格別です。

 

大気の流れが、やさしい。

 

この時空間が、この世にある、ということのすべてです。

 

プール。

夏に再開したとは聞いていた。

先着15名二時間制だそうだ。

1時すこしまえに小学校の受付に顔を出したら、すでに、五六人たむろしていた。

全員おやじ。

たぶん2年ぶりぐらいだと思うが、意外に体はいうことをきく。

もちろん遅いけどね。

常連、だろたぶん、のおやじに次々抜かれながら、結構気持ちよく泳げました。

 

で、いま、リビングだ、ビールではない、コーヒー。

音楽なし。

脳みそが喜んでいる。

いま、株、上げる環境ですかね。

 

おれの街角景気ウォッチングでは、戦々恐々、というかんじですけど。

雇われ人ワールドは。

 

首切りに。上から下まで。

特に今回は、おやじ階層。

じわじわと。

 

ところで、おれの住んでるアパートで、売りが二件ほどでたが、坪700万だ。

しかも、いずれも2階、穴倉。条件は一番悪い。

よい条件の部屋は物件化しない。誰も売らない。

 

こちらはじわじわ上がってる。

 

上げるじわじわと、真綿で首絞めるじわじわ。

株、銘柄によるが、不動産、場所によるが、が、上げ、みずほ、LIXILのヒトの価値、これはおやじ中心に、が、下げる。

 

じわじわ、がキーワードか。

 

 

平泳ぎじゃ黒潮に対抗できない。

ストックのないヒトは、どんなに泳いでもあがいてもダメか。

 

ダメだ、おそらく。

 

相変わらず、どうでもいい話。

午後の株のいきおいをみて、思わず書いただけ。