駄作二連発
◆落下の解剖学
晩の外出はこたえる。
が、この日は、それなりの価値があった。
元気があってよろしい。というのが総評。
ピアノは、予想どおりあざとい。
裸足はだめでしょう。
弾いてる最中にわざわざ客席向いて例の顔芸してるよ。
アンコールの能書きが長い、しかも不要な私事、都響は何年ぶるだとかどうしたこうしたとか。聴き方を押し付けたり。どう聴こうがこっちの勝手だ。
このヒトはギミックで損している、と感じるのは、おれぐらいか、まわりのおやじは受けていた。
演奏は、100回弾いてる営業用、感満載。
指揮者はよく合わせていたが、ピアノが自己完結しているので、ピアノは毎回録音再生みたいに同じです、伴奏は、その録音にあわせます、という建付け。
どの楽団とやっても、おそらくこうなんだろう。
都響は、ヘタでした。
リハ不足でしょうね。
マーラーは、よかった。
このヒトは、意外に、といってはなんだが、弦の扱いがよい。
この曲の構造は単純で、どんちゃんさわぎと、静かな流れのいったりきたりに終始するだけなのだが、その静かになる際の弦のポリフォニーがやわらかく、よい処理をしている。複数個所で。
ラッパちゃんと吹けよ。冒頭からずっこけてどうする。
指揮者は、ときにがに股になりながら獅子奮迅。
ゆとり、とか間合いとかを求めるのはまだ、気の毒だ。
ピアノと違って、「どう、私って」感は、ない。
むしろこないだのウルバンスキに「おれ、ブラピはいってるだろ、すこし」の臭気を、おれは勝手に感じた。
事前に文書で終楽章の楽曲構造について、なんだか禍事が進行するみたいにわざわざ宣言しておいて、実際の演奏はなんか天真爛漫どんちゃんさわぎ、みたいでした、という肩透かしにあった、ということも、この感想には与って力あり。
靴の裏真っ赤っかは、悪目立ちするぞ。
そういう悪趣味は、N響でガシガシやってるコンマスにまかせておけよ。
ということで、結構楽しんだ一夜でした。
この指揮者は、何年か後、もう一回聴いてもよい。
◆乱れる
精妙。
女性映画、ではあるのだろうが、男女問わず感情の自然な起伏に寄りそう映像が心地よい。
そのゆらぎを、味わう映画。
確かに、女優は全員見事だ。隙がない。
加山のばかっぷりが救い。
次の駅で降りましょう、からの展開は、没入した。
今年一番で間違いなし。
コカインベア
前半傑作。
後半ゆるんだ。
四半世紀つづいた先とどうするか。
二代目とは組まない、は、ほぼ決定。
新しい先と、が、肝心。
なるようになるか。
この年で新たな適応に。
ヒトヒト整理か、事業の整理か。
が、等価の選択になるほど、ヒトヒトを排除したいか。