おれがヒトが群れることから派生するおきてを殊更きらうのは、実際に、群れる必要がない、ということによるところがおおきい。
共用の井戸から水くむ必要ない。
回覧板をまわすこともない。
とんとんとんからりんの隣組の時代ではない。
集団の論理は、いらないのだ。生きるのに。日々やっていくのに。
21世紀になり、ヒトは、ヒトの群れのしばりから、実は、とっくに解放されている。
にもかかわらず、なn千年だか何万年だかの、癖、で、自分をしばっている。
ということがわかれば、あとは、簡単で、ヒトの群れの強制を、みつけたら、ささいなことでも注意深くこれを拾い、ゴミ箱にすてるだけよ。
あいことばは、知るかばかやろう、だ。
「恒例」のなんとかの会からしつこく案内がくる。
学校がらみ、バンドがらみ、そこから派生するかつて女子高生グルーピーいまばばあ、がらみ他十重二十重のしばりがある。
で、その自称「チーママ」より、
だれだれさんも今年は顔をだしますよ。お見限りかしら、と。
知るかばかやろう。
が上述のとおり作法にかなった回答だが、この場合は、後半を少しアレンジする。
知るかばばあ。
今年は、見過ごしてやるが、来年もきたら、ほんとにこれで返信してやる。
と日記には書いておこう。