啓発舎

マジすか? マジすよ

汝自身を知れ

ホモデウスはじめ、人類とはなにか、どこへ向かうのか、の類がはやっている。

 

おれも、たまにやる。

 

話しかわるが、月みて吠えたり大蒜を殊更忌避したりしないところをみると、おれも、おそらくヒトという種に属している、とひとまず推知できる。

であれば、ヒトとはなにか、を知る手っ取り早い手法は、とりあえず、自分はどういう奴かをすこし立ち止まって考えればいい。

かんたんなことだ。

ただし、その際気を付けないといけないのは、個体差もあるが、せいぜい5分程度にとどめることだ。それを過ぎると、あまり芳しくない事態が発生する、おれの経験則だと。自分の他の人類の安寧のため、この時間管理はだいじだぞ。

 

で、5分経過。

 

では問う、主宰よ、ヒトとは。

 

ゴロツキのことよ。

 

「汝自身を知る」ことで人類がろくでもない生き物である、という真理に容易に達する。

 

で、なんだっけ。 

みんな、あいつはひとでなしだ、とか、他をなじるが、まてよ、と自分の中を探すと、その引き出しは、まだ開けたことがないのを含め、みつかることが多いので、ヒトとはそういうものだ、と知れる。

 

実は、ここまで前置きだ。ハハ。

「汝自身を知る」のは、たいしたことではない、「つかみ」に過ぎない。

 

だけど、たまに、自分のなかを探してもみあたらない属性がある。

このブログでも何十回書いたが、また書く。

 

◆衆を恃んで他を叱る。

 大勢でなにかやるのが、ほんとにいやだ。

 意見をとりまとめてなにかしでかす、みこしに乗る、みたいなことは、自分がやると想像しただけで寝込む、よ、きっと。やったことないが。

 世の中は、多数派は、みんなでなんかするのが好きだ。あるいは集団のなかに埋もれるのがすきだ。

 「日本人は」と言いたがる奴は、特にそうだ。

 おれは、どこをさがしてもそれがない。

 だからおれはダメな奴、とも、どうだ孤高だろ、背中に哀愁だぜ、ともいうつもりはない。

ただ、そうであることだな、というだけ。

 

次。

◆被害者ヅラ

 パッシブアグレッシブ、とでもいいましょうか。

 わたしは、可哀想なプリンセス、と顔の面積の60%を占める瞳にお星さまをきらめかせて、他をなじる。

 自分が被害者になったとたん、相手は加害者極悪人になる、というメカニズム。

 

 たぶん、おれには、これはない。

 だからおれは尊大だ、とも、マッチョなガイだ、ともいうつもりはない。

 たぶんマッチョではないが、尊大ではある、だが、おれが傲慢なのは、被害者ヅラしない、自分を憐れむ事をしない、できない、ことが理由、ではないと思う。

 

おれが世界に対して感じる違和感のかなりは、今言った、「数でものをいう」、「可哀想な私が正義だ」、というヒトの思考法と自分が相いれないことがある。

 

復習する。いま、以下の二つのことを言った。

◆集団に自己のよりどころをみつける

 対し、オレは、冗談じゃねえ、おれは単独行だ。

 「おれがイモ食ったらおまえが屁をコクか」。

◆弱者は強者

 痛い目には、あうさ、そりゃ。

 やりかえすか、事実として受け入れるか。受け入れたら、めそめそは、なしだ。

 だって、ヒトは、ごろつきだろ。

 

これに、

◆したがって危険を事前に察知する。この感覚を磨く。

 

この3点を改めて列挙する。

◆単独行

 「知るかばかやろう」ともいう。

◆事態をうけいれる

 「とほほ」「しおしおのぱ」ともいう。

◆危険を察知する

 「なわけねえだろ」ともいう。

 

こうやって三つ並べると、あら不思議、サバンナで生き抜く技術が網羅されてしまった。

 

流行りの、「富裕層が心がけていること」みたいな、歯が浮いて抜歯するみたいな言いぶりでこれをわかりやすく言い直すと。

 

◆自分で考える判断する

◆損することを受け容れる。

◆危ないはなしにのらない。

 

特に二番目は大きい。

やろうやりやがったな、状況は、三番目の「リスク感覚を磨く」で排除するのが本来だが、そうもいかないのよね。

あるいは、衝突することがわかっていながら、もう避けられない、という海難事故もある。

ピーヒャラ言わない、事実あるのみ。事実をもって対処する、あるいは受け流す。

 

これは、男の子になるための、大事な技術だと思います。

必ずしも、ヒトという種の本質的な属性ではないかもしれないが。

ピーピーやるのが、ヒトらしい、人間らしい、ヒューマンな、ありかたなのだろうけれど。

 

 

この三つを備える奴は、たまに、いる。2キロさきからでも嗅ぎ分ける自信がある。