啓発舎

マジすか? マジすよ

◆みんなちがって、みんなダメ
中田 考 (著) 単行本 ¥ 1,620

筆者は、全然知らないヒト。


きっかけは、amazonの「あなたにおすすめ」メール。
おれはこのamazonメールは、必ずしも鬱陶しくはない。
検索履歴から嗜好を読み取って送ってくるらしいので、たまに、おもしろにぶちあたることがある。

しかし、今回は、もちろん、上掲の本ではなかったが、よりによって、「君たちはどう生きるか」だった。

どういうアルゴリズムで、おれに「君たちは〜」をオススメするのだ、としばし当惑したが、すぐ思い当たることがうかんだ。


書評をみたのだね、文句いうために。


なあんだ、で、それはスルーして、ついでに載っていたのが「みんなちがって」の本だった。
惹句に妙に引っかかるところがあって、気になっていたのだが、さっき、市ヶ谷の文教堂でみっけて、首尾よく立ち読みしてきた。


気になったのは、以下のくだり。

————人が知るべきことは「自分が何をしたいのか」、そして「自分には何ができるのか」の二つしかありません。殆どの人は本当に自分がしたいことに気付いておらず、また自分に本当はできることをできないと信じこんでおり、逆に本当はできないことをできると思い込んでんいます。それがバカであり、本当の意味でダメな人です。 本書の目的は、本当に知るべきこと、つまり、自分が何をしたいか、自分に何ができるか、を気付く手掛かりを読者に与えることにあります。 実のところ、人が知るべきことは本当は二つではなく、三つです。その三つ目とは、「自分は何をなすべきか」です。……(あとがき抜粋)


これは、もっとも。

で、なかみを飛ばし読みすると、いろいろやんちゃなこと言ってますけど、要するに、アラーのほかに神なし、ということですね。
神がすべてだから、無駄な抵抗はやめなさい、と、そういうこと。
残りは、酔っ払いのたわ言だ。編集者が、なんとか聞き書きをまとめました、というところ。

同年代、生息歴も、前半は、おれなんかと似ている。
こういう奴、いましたよ。はずみで、おれもそうなりかねないところあったから、だいたい、かんじはわかります。
過激は、ある年ごろまでは、勢いで通せるところがあるが、この年になると、気力体力の衰えとともに負けがはっきりする、負け犬の遠吠え。
負け犬の特徴は、客観的な負け状況を肌では感じているが断じてこれを認めないので、加速するんです、パフォーマンスが。
橋下徹現象、といってもよい。言説がますます過激に声高になる、徒に。
M台S司なんか、遠巻きに見ていると、だからおもしろいよ。



「自分がなにをしたいのか」をみっけるのは、言うは易く、行うは難し。


おれなんか、自分がなにをしたいのかを見つけるのに60年かかりました。血のにじむような日々であったよ。
その甲斐あって、
★ぼーっとする
★音楽を聴く
★立ち読みをする
という三つの真理に逢着したのであった、つい最近。



自分がなにをしたいか、をみっけるコツは、考えてはいけない、ということに尽きる。
おれなにがやりたいんだろ、と思ってるうちは、だめ。


まわりの雑音を消して、できるだけ、外界を静かにした状態を一定時間確保する、途切れてはだめ。
で、そのとき已むに已まれず自分がなにをしているか、思っているか、ということです。
自分の内側がなにをささやいているか、ということです。

で、おれは、ぼーっとしてそれを待ったのだが、結果、そのぼーっとする、という行為そのものに惑溺することがわかった。

いまも、だいたいそういう状態。


ということなので、この筆者は、「君たちはどう生きるか」が大嫌いのようだが、結果、自分も「どう生きるか→イスラムに帰依しなさい」と言っているので、キャリアポルノの量産者、岩波人種と同じ穴のむじな、でありました。



ばか本にかこつけて、今日は、すこし、深みにおりてしまった。