啓発舎

マジすか? マジすよ

スターチャンネルが1年ただだ、というので、手続きしたら、先週から映るようになった。
で、しばらくチャンネルあわせたりしたのだが、たちまち辟易で、いまは、全然みていない。
アメリカの最近のやつをやる。なんか、大衆、という言葉が浮かぶ。こういうやたらにドンパチするのとかガキの乳繰り合いとかをヒーヒー言ってみてるのか、アメリカは。トランプ支持率高いわけだ。


おなじことを、この国についても、しばらく前から感じるようになった。
あまり書きたいことではない。
「大衆」に言及した時点で、そういうおれは、なんだ、という自問に逢着して、すこしでも羞恥心があれば、自分と切り離して、この国に生まれ住んでいる人を一括りであーだこーだ言うのは、きつい。


リンチジャーナリズム、といま俺が名付けた、で踊る奴ばかりではない、もちろん。
地上波民放を無批判に見呆けている奴ばかりではない、それもわかる。


いまや、そういう奴をどうこういう時期は去った、おれ自身。



きのうしみじみ感じたこと。

このところ、人の集まるところにたまにいくと、必ず感じるのが、なんか薄汚ねえな。ということ。

渋谷新宿蒲田をいってるのではない。

お台場も豊洲有明もカチドキも、もちろん銀座も。


ヒトです。

この国のヒトは、過去5年以内のいずれかの時点で、みんな一斉に「大衆」になった。
その先はない。


という体感。
身なりとか、金回りという意味では全然ない。そいつの内側からにじみ出るものを言ってる。その集合が街の景色を決定する、と申し上げている。


よほど根性があったら、おれのこの感覚について、こんどまたつべこべ掘り下げてみるかもしれない。