モンクはもちろん「こっち」なのだが、それはモンクさんのお考えを忖度したわけでなく、あたりまえださすがのおれさまもあの世とは交信できない、おれが一方的にそう決めただけだ。
でも、こっち、であることには違いない。
今日訪ねてきた銀行のぼくちゃんも、めずらしく「こっち」であったのだが、それも、当方が勝手に認定したのであるに過ぎない。
「こっち」は、したがって、おれさまワールドだ。
これは最強ですよ、こわいものなしだ。
好き嫌い、とかじゃないんですよ。
好きとか、どうとか、は、主語は一人称単数だ。イッヒです、ドイツ語だと。
他者がいて、そいつになんらか働きかけるイメージね。気持を投影するとか。
「こっち」は、複数、おれたち、よ。いきなり。
別に、会話する、とか、飯食うとか、そこからなにがしかの感興が生ずる、とか、は、とりあえずは、別に、いい。
ただ、「こっち」だよな、という感覚。
だから、最小、おいらと、それからもうひとつ要るのだが、ここで大事なのは、その、もうひとつは、私が任意に決定するので、その、もうひとつが人間だった場合、誰が決めたんだそんなこと、ということもあり得る。
雲とか、樹だと、そうはならない。
あと、もうこの世にいない人ね。
でも、おれからすれば、全部一緒です。