啓発舎

マジすか? マジすよ

受けない話

自分が実際にその場に居合わせ、死ぬかと思うほど受けたエピソードが、案外周りにはピンとこない、ということがある。
幾多の飲み会でこれから紹介する話をするのだが、悉く、「それで」という反応をされる。
登場人物のキャラとか、その時の場の空気とか、実際あったことの面白さには、個別の要因があるからだろう。
隣りのミヨちゃんの可愛さをいくら訴えても、ピンときませんよね。

という前提で聞いてほしい。


これでも10年前は営業をやっていた。
重要客先の奥さんのご母堂が亡くなった。享年90歳を超えるまあ、大往生だ。
客先の冠婚葬祭とくに葬式は、絶対はずせない。まして超VIP。われわれしたっぱの出る幕ではない。支店長の出番だ。で、支店長の遊びのゴルフの予定はキャンセル。
ところで、こいつは、喜怒哀楽をやたら面にだすので、特に女子社員には蛇蠍のごとく嫌われ評判悪い奴だった。
当日、当方が駅まで社有車で迎えに行くと、既に機嫌を損ねており、朝から件の客先VIP氏に対して罵詈雑言。「あいつはテンサイゴルファーだからな。わかるか、アインシュタインの天才じゃねえぞ、忘れたころにやってくるほうの天災だぞ。どんなにバンカーで叩いても、あがるとちゃんとボギーだからな。迷惑はゴルフだけにしろよ」
この日も絶好調だった。会場でもとどまるところを知らない。
「冗談じゃねえよ。オレだって大事な用事があるんだよ。こっちの都合も考えて死んでくれつうんだよ」
そこに、じいさんが一人、とおりかかった。足許おぼつかず、いまにもへたりこみそうなところを、両脇を抱えられて、ほとんど連行されるように通り過ぎる。
「誰だ、あれは」と支店長。
「喪主です」と、当方がこたえる。

 ややあって、支店長があきらめたようにつぶやく。
「次は、半年後か。」


 その刹那、私の中から名状し難いあついものがこみ上げてきたのだった。原初的な感動。その時どう自制したかいまでは記憶にない。

 ちっとも面白くない、ですか、やっぱり。