啓発舎

マジすか? マジすよ

再びお能です。

朝起きたら、しのぎやすい一日になりそうだったので、ぼーっとした頭で京都に。ぼーっとしたまま地下鉄に乗り、東山で降り、白川沿いを歩き、突如現われる大鳥居にめげず、なんというか夢遊病のように京都観世会館へ。

 京都観世会蛍雪会(第149回)

歌占

舟船 (狂言)

藤 

紅葉狩

という番組。

いやあ堪能しました。

 優れたパフォーマンスに接すると、触発されていろいろなことに思考、というか、妄想ですね、が飛び、自分自身収拾がるかなくなることがあるが、いまが、その状態。割と不謹慎なことまで飛んでいくので、ちょっと、どうしようか。

 えーい。ままよ。

「歌占」
 死から蘇生し歌で占いをすることを生業とする者が、少年のリクエストで占いをしたところ、我が子と判明。再会を喜ぶとともに、自らが経験した地獄の有様を「地獄の曲舞」として舞う。そんな筋です。
 シテはたいてい面をつけるけれど、この演目では面をつけず、直面で演じます。
 で、冒頭、子役とツレが舞台に登場すると、続いてシテが現われる。
 弓に、なにやら短冊を4〜5枚ぶらさげて、白髪おかっぱ頭で登場。例の調子でひたひたと歩みを進める。
 妖しいというより、あぶないお姿。弓のつるにしばりつけた短冊の、なんというかチープな感じが一層凄みを感じさせます。髪が眼のあたりまで垂れているから表情はよくわからないが、なにやら思いつめた雰囲気、一触即発という感じです。

 さて、登場人物がでそろったところで、まず、ツレの男が短冊を引き、占ってもらう。
 続いて、子役のぼうや(演じていたのは女の子)がシテに近づき短冊を引くのだが、普通の子供だったらひきつけ起こしますよ。

 で、いきさつがあり我が子とわかり再会の抱擁。地獄の舞い、と続く。
 舞いは、迫力十分、地謡も素晴らしく、たいへん見応えありました。シテの方は、まだお若いのでしょうか、りりしいお姿でした。

 で、今回思わず膝を打ったのは、この、歌占のシテは、谷岡ヤスジのペタシ(もしくはピタシ)のキャラではないか、ということ。
 谷岡ヤスジ画伯といえば、周知のとおり、20世紀後半の日本を代表する芸術家である(このブログでもずいぶん以前にとりあげた)が、その作品に、しばしば不思議なキャラクターの人物が登場することでも有名だ。
 ペタシというのは、その登場の際、ペタシ、ペタシという足音の擬音がつくことから、こちらで勝手にネーミングしました。
 まっぱだかに、透明の(ビニールのような素材と思われるが)布切れ一枚を身にまとい、ピタシ、ピタシという足音とともにおもむろに登場し、不条理な言動で他の登場人物とからみ、ややこしく話しを展開させる不思議なオヤジ。
 あぶなさ、これからなにが起きるか、というスリリングな雰囲気、ペタシ、ペタシという現われ方、見事に重なります。
 そういえば、谷岡ヤスジの漫画には、その展開の緊張感、登場人物のやりとりに、お能と共通する雰囲気がありますね。誰か、彼の任意の作品をお能に翻案してくれませんか。

 すみません。

 長くなったので、今回は、あと、紅葉狩についてだけ。

 この演目には、私の贔屓の役者さんが平維茂役で出演されています。

 これも冒頭、あでやかな衣装の女が4人、ペタシ、ペタシ、と登場。ほんとは鬼という設定なのだが、そんな予備知識なくても、あの感じで4人ぞろぞろでてきたら、いやがうえにも妖しい雰囲気が高まりますよ。
 それはともかく、場が、すっかり、あでやか豪奢になりました。
 続いてお目当ての平繊茂が登場、橋掛かりの半ばで、なんていうんでしょう歌舞伎だと見得を切る、というようなパフォーマンスをします。それだけで、場をかっさらってしまわれます。おおらか、雄渾な存在感。
 で、いろいろあって、後半女が鬼に変身し、金、赤、黒のど派手な衣装で維茂に襲い掛かる。
 対し、「そのとき維茂すこしも騒がず」鉢巻締め直し、リアリズムの舞い(ほんとに組み打つ)で応戦、鬼を退治するのでありました。
 
 見所の多い、絢爛豪華な素晴らしい演目でした。夢幻の世界に引っ張り込まれました。

 感想
 特に後半、維茂の存在感が圧倒的、「紅葉狩」というより「維茂の鬼退治」というタイトルのほうがふさわしい、少なくとも、小書につけたい気がしました。