こう熱いと。
きのうきょうと立て続けに、よいおしらせがあった。
いずれも銭金だが、共通するのは。
なんか、年のせいか、小さな善意のじわーっとする感じにまえより敏感になったような気がする。
こっちがマッチョだとそういうことがわからない。
ありがたい、ということか。
有り難い、めったないことでございます、という。
もちろん相手は他人様だ。
一方で、うっするらとした悪意、というか、悪意というのは言葉が強いな、斥力、というかな、そういうのもある。
こういう微細な波動のようなことに、自ずから気づきが細かくなる、というのが、年をとる、ということか。
で、そのセンサーで環境を整える、と。
これは意識してやることでは全然ないので、なんとなく、に忠実にやっていけばいいだけです。
ちょっと終末から明けにかけて、ちょっと、ということがあるので、書いておく。
最善手にはならなくても、世間様の理屈をひっぱってきて自分に不要な重しをつけるという悪手をうつことだけは。