◆モダンタイムス
文芸坐、だったと思う、で見て以来だ。
40年ぶり、ぐらい。
今回思ったのは。
音楽の視覚化。
体中に音楽がつまっていて、どんな動作にも音の流れが聞こえる。
天賦の才。
チャップリンというと、現代文明批判とか、弱者の抗議、みたいな文脈で語られることが多いが。
なんか、お気楽にやってるなこいつら。
と、歳をとってからみると、直截に、感じられる。
楽しそうだ。
チャップリンの職場探訪、みたいなかんじ。
デパートだの工場だのでひとくさりありました、各シークエンスの最後はおまわりさんに登場してもらって、しかも手際よく到着する警察車両にのって、次のシーンへ。
若いころは、あたまのなかの余計な理屈だの観念だのが邪魔して、こういう五感の愉しみが、直截に、ということばをつかうのは今日二度目、響かない。
チャップリンの所作を、純音楽として、音楽を◆、じゃない、視覚で、楽しむ。
ティナティナ、っていったっけ、ハナモゲラで歌うのは、あれは、わざとだ。
歌詞の意味に邪魔させないで、あの、パンにバターをぬるような、なめらかな動作の音楽を観客がダイレクトに享受するように。
チャップリン、おそるべし。