啓発舎

マジすか? マジすよ

今朝雪の中を歩いていて、美しいと感じた。
清冽な気。白い空間。
降る雪の、軽やかな質感。

東京は、なんだか少しずつ、しっとりとし始めているのではなかろうか、と、ふと思った。

そういえばこのブログでも、このところ空の青さとか、白い雲に、ずいぶん言及している、と他人事のように思う。
今年の冬は、寒さのせいもあるかもしれないが、凛とした気が、この街に行きわたって、それが続いているような体感がある。

去年の、そういえば、もう一年経つのだね、あの出来事以降の、もうすこしつましく暮らそう、というこの国の人々におそらく底流している思いも与って力ある、ような気もする。

小鳥も増えた、これは拙宅近辺の事情か。自然教育園から遊びに来ているのか、朝、いろいろな声でさえずっている。
雪の朝でも。

東京マラソンも盛況だったようだ。
ラソンはやったことないが、自分と対話する、仲良くなる、そういう体験をされた方が、この街に何万人、何十万人いる、ということだ。

そういう、なにか、落ち着いた気、が、すこしずつ拡がっている、と、言い切るほどは、当方の五感は、まだ感知していないようだが、そうなるといいな、ということは、しみじみ感じた。


京都の中でも先鞭を切る近衛の糸桜を、毎年待ちかねて通ったことを思い出した。
御所の糸桜は、まるで雪だ。

今朝、降る雪に、その糸桜の面影を感じた。
あるいは、三井寺の、春風のままに音もなく豪奢に降り注ぐはなびら。
桜が雪なのか雪が桜なのか。

年をとる、ということは、こういう、今日のような一日一日を丁寧に拾い集める、ということか。