啓発舎

マジすか? マジすよ

連休その1

連休はいつも仕事だ。申告。
今年は、頼りになる助っ人がいて、昨日で、なんとか、見通せるところまでこぎつけたようだ。
で、この様子だと、ちょっと、今年は、なんだぞ。第二幕は、領収書漁りか。
という訳で、今日は今日で朝の6時半ぐらいから、ごそごそやっていて、いい加減辟易したので、10時すぎに近場に散歩。ガーデンなんとか。ほとんどマーキングだ。
今日は連休でにぎわっていました。いる人たちで街の顔はがらっと変わります。今日は、いつものガーデンプレイスの落ち着きはなく、よその街、当方にとって。
それはそれで気晴らしになる。ビール博物館など、観光客の名所になっているのか、各国語が飛び交っていて、ほんとに世界的な不況なのか、と思ってしまうほどだが、一番目立つ、というか、音量で他を圧倒するのは、どうしても橋下大統領、じゃなかったか、首領さまか、の領する国、だったような気がするが、いずれにしろおひざ元方面の方々。
大音声。あたり構わず。天下無敵。元気いっぱいです。
傍らに人がいないように自然にふるまえるのは、善悪、とか、好悪とか正邪、とか、いい悪い、とかのあらゆる物差しをとびこえて、ただ、すごい。
辟易した気分で外にでたので、これで、なんだろう、毒には毒を、というのだろうか、ちょっと違うか、いずれにしろ、気分がなんだか晴れてきたから不思議。
ともあれ、場所をかえる。
エスティン1階のテラス。テラスといってもほとんど室内なのだが、希望して、戸外の席をとってもらった。ここは、昼はブッフェ中心だけど、頼めばアラカルトもできる。
戸外でスパークリングワイン、グラスワイン赤、と、バジルの普通のパスタ。
赤青黄色の花が咲き乱れ、にぎやかなお庭。
当方の他は、年配のカップルが二組ほど、静かに時間を過ごしている。人がいるおかげで、かえって静かな空気が流れる。ほっとしました。
西洋の庭は、すべてが眼前にあるかんじ。即物。
京都あたりだと、そこらの庭でも、時間が経つと、庭ではなく、いつしかなんだか、普遍的なもの、をながめるようになってしまう。
などとどうでもいいようなことをあれこれ頭にうかべていたら、2時間たってしまった。気持いいぞ。
恵比寿の駅のほうまで散歩して、有憐堂でヘミングウエイを買ってしまった。衝動。
おとといあたりも、丸ビルABCで、茂木クオリアおじさんと南、なおや、とは読まないようだ、なんとか氏との対談を衝動買い。
メンツから、読むと反感、というのはわかりきっているのだが、それを触媒に、たまにはものを考えてみよう、というつもり。
まず、勝敗でいうと、冒頭からクオリアおじさんが勝手に降参、まいった状態で、南氏の独演会、という感じ。
会話でわかるのは、中身はともかく、南さんは、話が飛びますね。理屈で追えない。
禅だからしようがないだろう、というのとは、ちょっと違うと思う。
独善。
もっと、茂木クオリア氏みたいに、でずっぱりになると、水深がはっきりわかるのですが。
茂木クオリアが30センチの幼稚園プールだとすると、80センチの小学校低学年ぐらいの深さはあるか。
話はかわるが、勝間とクオリア、どっちが先に消えるか、という賭けはハンデなしで成立しませんかね。当方は、散々迷った挙句、棄権、か。消える以前に、両者ともにリングにあがってすらいない、というのがその理由。
メディアは、間違いない、とっくに見抜いていて、面白がって使っているだけだ。
そういえば、新日曜美術館のおじさんは大丈夫か。私、この人、嫌いではないですけどね、私の周囲の、如何にも隠れてアエラ読んでるっぽい女どもが、なにやら芳しくないこと言ってますよ、このおじさんのディープな支持層であるはずの、「アエラ読む女」が。
おっと他人のこといえねえ、おれも飛ぶ飛ぶ話が、しかも下世話なネタばかりだ。

というわけで、何年ぶりだろう、香月で味噌ラーメン。店内がらがらだが、うまかった。またこよう。