書名 活字のサーカス
著者 椎名誠
出版社 岩波書店 岩波新書
最近サイクルが早いから、まだ、絶版になっていないか心配です。
この人とのつきあいも長い、こちらから一方的だが。
1978年か79年に遡る。
御茶ノ水、神保町のあたりを徘徊するのは、中学のころからの習性だった。
御茶ノ水の駅で降りると、まず、信号を渡ったところにある、当時あったメイ鶏堂という本屋からスタートする。
ここのレジに、妙な雑誌が平積みになっていた。それが「本の雑誌」だった。11号。
妖しい雑誌があれば買う、それが男の生きる道、迷わず購入。
探せばまだどこか、ダンボールの底にでも眠っていると思うが、あいにく手元にない。
特集は、婦人雑誌の新年号。各誌、十年一日似たような企画、似たようなモデル、似たような付録、と、椎名流でおちょくる内容、面白かった、当時としてはやたら新鮮だった、例の文体を含め。
なにより、表紙だ、沢野画伯の。
メガネ、長髪の、インテリくずれ風の中年男、ワニ目の絵。キャプション「おれ編集長38才(適当)酒ばかり飲んでるの。子供は3人。どうしたらいいの」というような内容。
で、ずいぶん長いこと、椎名誠のイメージはこれだった。また、書くもの〔特に初期)とこのイラストのイメージはぴったりだった。
著者近影かなにかで、実物の写真を見たときも、半ば、他人の写真を借用したシャレだと思ったほど。
以来、本の雑誌は、しばらく(2〜3年だろうか)買いつづけた。奇妙な味の小説かなにかについて投書したら、直筆で執筆依頼をもらったこともある。はがきに、青の太字の万年筆で、サラサラと。
早速なにやら書いて送ったら(ロアルド・ダールとかジョン・コリアについて、お定まりの内容だった、いまから思うと)、きっちり没になりました。
最初の単行本(だと思う)「さらば国分寺書店のオババ」も、立ち読みですまさず、買って読んだ、30分で。
ちょうど、昭和軽薄体とかいってこの人がもてはやされるようになったころ、なんとなく本の雑誌を買う習慣もなくなり、この人からも離れていったようだ。
で、この本だが、この人に既にあまり関心がなくなったころ、どこだか忘れた本屋で何気なく手にとって(へえ、岩波文庫で椎名誠か、と)立ち読みですまさず、買って読んだ、これは30分ではすまなかった。
傑作だと思う。
活字に触発されて、自由に思うところを書く、という、要は、なんでも書ける体裁の連作。
水の中で土佐衛門に遭遇する話、蛭の話など、どれも文句なく面白い。
なかでも、ストーカーの女の話、逮捕されて牢屋で過ごした話、の二編は白眉、この人の作家としての資質の深いところが、垣間見える。