啓発舎

マジすか? マジすよ

WSJコラム
題して「反トランプ道徳論の安っぽさ−エリートによるトランプ氏蔑視は支持者蔑視でもある」

 米大統領選の投票日まで3週間。共和党候補のドナルド・トランプ氏に強く反対する保守派「ネバートランプ」運動の論調を、HBOのトーク番組で司会を務める人気コメディアン、ビル・マー氏が端的にまとめてくれた。トランプ氏が粗野で不作法なのはもちろん、この男を支持する人々も同じくらいむかつくというのだ。

 マー氏は先月の番組でトランプ陣営のケリーアンコンウェイ選対本部長に対し「あなたは純粋な邪悪を可能にしている」と述べ、楽しそうにこう続けた。「(民主党候補の)ヒラリー(・クリントン氏)が彼の多くの支持者を嘆かわしい人々と呼んだのは正しい」
 マー氏は、それは民主党にありがちな言い回しだと付け加えてもよかった。そもそも、小さな町に住む米国人は銃の所持や宗教にひどく執着し、異質な人々を嫌うものだと評したのはオバマ大統領ではなかったか。クリントン氏について言えば、嘆かわしい人々を巡る話の中で、トランプの支持者の半分は「人種差別主義者、性差別主義者、同性愛嫌い」だと断じた。それほど知られていないが(より印象的な表現で)彼らは「救いようがない(irredeemable)」とも述べた。
 こうした主張は左派にとっては当たり前だが、今では共和党の右派からも聞こえてくる。そのためネバートランプ派は次期政権に対して奇妙な立場に置かれるだろう。11月にトランプ氏に投票する数千万人の米国人も邪悪なのか、それとも単なる不屈の愚か者なのか。
左派の典型的な主張
 ネバートランプ派の良い点は、トランプ氏に投票する人は誰も彼と同じように下品で卑劣だと示唆することをいとわないことだ。ネバートランプ派の問題点は、その主張が共和党を支持する有権者にあまり共感されていないことだ。17日発表されたラスムセンの世論調査によると、クリントン氏は民主党支持者の78%の支持があるのに対し、トランプ氏は共和党支持者の74%の支持を得ている。他の世論調査でも、彼のしくじりや問題発言にもかかわらず、共和党支持者の大多数がトランプ氏の撤退を望んでいないという結果が出ている。
 理由の1つは、道徳的に腐敗した共和党支持者についての主張が本質的な議論ではないことだ。より正確に言うと、共和党が左派からよく聞かされる典型的な主張である。クリントン氏またはトランプ氏が大統領執務室に座ったときの現実的な影響を詳しく比較する退屈な作業よりも、共和党候補者を極めて不愉快だと決めつけ、議論を終わらせるほうがどれほど楽なことだろうか。
 トランプ氏の支持者は、それを織り込み済みだ。テレビ番組「アクセス・ハリウッド」の当時の司会者との女性に関する下品な会話の映像が明らかになっても、驚いた支持者はおそらくほとんどいないだろう。それで支持が揺らぐことはない。

 彼らがトランプ氏を支持するのは、「政治的な正しさ」によって国に関する重要な議論が後回しになることを恐れており、それに正面から立ち向かう候補者は「ミス・マナーズ(エチケット専門家)」ではないと判断したからだ。彼らはクリントン氏が勝利した場合(現状ではその見込みが高い)に陥る状況がわかっているからこそ、トランプ氏を支持している。
 彼らはまた、オバマ氏やクリントン氏が大事にする信念、愛国心、良識、一般市民の慎み深さといった価値観を口にするたびに、自分たちへの侮辱の念がしたたり落ちるのを感じている。何よりも、エリート層はトランプ氏を軽蔑することで、実は支持者である彼らを軽蔑していると分かっているからこそ、同氏を支持している。
 それでも来る日も来る日も新しい告発や比喩が出てくる。大学生が歴代の先輩たちの過激な比喩を探し回るように、どんなにひどい悪口も異様すぎることはない。いわく、「トランプはヒトラーだ!」「トランプはムッソリーニだ!」「トランプはニーチェだ!」。(保守派の論客である)ジョージ・ウィル氏ですら、共和党大会を「ミニ・ニュルンベルク」(訳注:ニュルンベルクナチスが全国党大会を開いたドイツの都市)と例えた。
トランプ氏に投票すべき根拠
 皮肉なことに、最も安っぽいお説教はこの悪い状況をどうにか好転させようとする者に向けられている。共和党副大統領候補のマイク・ペンス氏がそうだ。彼は共和党の分裂を防ぎ、トランプ氏が万一当選した場合に一筋の希望をもたらそうと奮闘しているが、それが卑劣な行為だと非難されている。
 共和党ポール・ライアン下院議長も同じだ。トランプ氏支持者からは下院で過半数を維持するための努力を非難され、ネバートランプ派からは同氏への支持撤回を明言しないことを批判されている。共和党が議会の主導権を失えば、クリントン新大統領が今後2年間、念願の進歩的な政策を推し進め、連邦最高裁でリベラル派判事が過半数を占めるのはもちろん、米医療保険制度改革法(通称オバマケア)が存続し、イランとの核合意という茶番が続くことをライアン氏は理解している。2010年に下院で共和党が大勝して以降、オバマ大統領の政策がどんな目に遭ったかを知るクリントン氏がここぞとばかりに勢いづくことは間違いない。
 結局、トランプ氏に投票すべき最も強力な根拠はこういうことだ。そうしなければ、牛の先物取引から、召喚状で提出が求められた書類の破棄に至るまで、スキャンダルにまみれたうそつき大統領が誕生する。そして、2002年にイラク戦争を支持しながら後に反対に転じ、公的な立場と私的な立場は違うとエイブラハム・リンカーンのように正当化したご都合主義の人物が、国内外ともに行き詰まったオバマ政権の3期目を引き継ぐことになってしまうのだ。
 一方でネバートランプ運動による貢献は、こうした証拠について考慮し、クリントン大統領を阻止すべき理由に説得力があると考えるすべての人々を指す言葉を広めたことだ。その言葉とは「邪悪」である。

そういうこと。