暇になったら、まとまった時間があるから、自分の中からいろいろ中断されないなにかがわき出てくるに違いない、とおもっていたら、ひと月たつが、なんにもでてこない。
仮説はある、日常のあれこれがなくなって、歪んだエネルギーが衰えたからか。
要は、笑う、あるいは嗤うパワーのレベルが、いまや危険水域にある、非常警報があったとすればなりっぱなし、という状態なのではないか。
おちょくる、というのがこのブログの主な目的なので、あるいは目的だったので、これは、仮説が正しければ、検証にはもうしばらく時間が要るとは思うが、いささかうまくない状況ではないか、我が軍としては。
リタイアしてすぐ気づくのは、感興、のわけない、環境の激変なのであって、それは例えば接する人々が、みんな、いらっしゃいませ状態だ、ということ。
銀行に行ってもスポーツクラブに行っても港北まで家具買いに行ってもカスタマーセンターに電話かけても家買う算段しても、みんな、お世話になりますの対応。
おれはえらいのか。「あんたが大将」、か。
というわけで、少し当惑しています。
およそ世間様からお鳥目をいただくということは、電信柱も郵便ポストも全部私が悪いのよ、ということとほとんど等価である、これはガウスもオイラーも否定しないと思う、あるいは、世の中無理へんにげんこつなんだから、これは大鵬も柏戸も、くどいか、そういう物差しを前提とした当方のバカボンのパパ精神が、やや動揺している、といっても言い過ぎではありますまい。
自分の日常に対して「これでいいのだ」となかなか言えないんですね。
時間、ですか。