啓発舎

マジすか? マジすよ

まずは、以下のロイターの記事。
9月9日、と旧聞に属するが、1か月たってもぜんぜん色あせない。いまの世界のトレンドを、「面白」の視点で風通しよく整理している出色の論文。

[9日 ロイター] - 「面白い男であることは確かだ」とオバマ米大統領は、フィリピンのドゥテルテ大統領を評した。オバマ大統領はやや面白がりつつ自身の見解を述べており、変人たちを相手にしなければならない世界で、落ち着きのある人物なら、そういう言い方をするものだ。
たとえ相手から「ろくでなし」と罵倒されたとしても、である。
こうした侮辱に対して公然と怒りを表明した場合、相手は会談を拒否されたとしても、むしろ喜ぶだろう。相手をこき下ろすには、オバマ大統領がやってみせたように、現実的な話し合いができるなら将来的には会談の場が用意されるだろう、と切り返す方がよい。
下品な侮辱はそれを口にした者の格を下げるだけで、マスコミは騒ぐだろうが、まともなリーダーからは相手にされない。
この「面白い」人物、ドゥテルテ氏は、自らの地盤であるダバオで14人が死亡、65人以上が負傷する爆弾攻撃が起きたことを受けて、イスラム過激派を「食ってやる」と脅迫した。
「お前たちの腹を切り裂いて、酢と塩で味付けして食ってやる。冗談だと思うな」と彼は言った。確かに冗談ではないのかもしれない。
麻薬密売人と中毒者に対して戦争を起こすというドゥテルテ大統領の公約を受けて開始されたフィリピン警察による取締りで、今週までに2400人以上が殺害された。大統領は、この作戦は成功を収めており、今後も継続すると発表している。
これほどおおっぴらではないが、ドゥテルテ大統領はフィリピンの外交政策の見直しを考えているように思われる。オバマ大統領がドゥテルテ大統領と会うことが必須だった理由もそこにある。
5月にフィリピン大統領に当選した直後、ドゥテルテ氏は、歴代のフィリピン大統領のように従来の親米路線を取るつもりはないと明言している。「(フィリピン)独自の(新たな)道を切り開いて、米国には依存しない」と彼は語った。
新たな路線は、全体として中国寄りになる可能性が高い。南シナ海で領有権を争う岩礁島嶼(とうしょ)をめぐる中国の主張に対して、米国から東南アジア諸国に至るまで懸念の声が広がっているが、ドゥテルテ大統領はそれに加わっていない。
またフィリピン国内への中国資本の投資も歓迎している。
米国にとって苛立たしいことに、麻薬撲滅戦争の残虐さに対して懸念を表明したフィリピン駐在の米国大使に対し、ドゥテルテ大統領は「黙れ」と応じた。数十年にわたる最も親密な同盟国である米国に対し、フィリピンの国内事情に口を出すなと警告したのである。
ドゥテルテ大統領は、7月の世論調査において支持率9割以上という高い人気に支えられている。その後の調査は行われていないが、大統領の政策に反対する勢力が結集している兆候は見られない。今週、ラオスで開催された東南アジア諸国連合ASEAN)首脳会議で発言した際には、少なくとも彼の報道官によれば「ロックスターのような」扱いを受けたという。
オバマ大統領はドゥテルテ大統領による侮辱をやや面白がっているように見えるかもしれないが、状況はしっかりと把握している。ドゥテルテ大統領のような指導者は過去にもおり、米国に挑戦的な態度をとることで人気を高め、虚勢を張ってきた。ただ、過去と違うのは、昨今はそういう指導者があまりにも多いという点だ。
第2次世界大戦後の国際秩序では、米国が西側諸国のリーダーと見られていた。1989年のソ連解体以降は、米国がグローバルな覇権国家となった。だがそこから世界は大きく変化している。当時の秩序が弱まるにつれ、序列に抵抗する「面白い」指導者が勢力を高め、支持を獲得していった。
オバマ大統領の発言は恐らく、その本意としては、ドゥテルテ大統領と少なくとも同じくらい「面白く」、大統領がその名を口にすることは稀(まれ)だが、より身近な国内の人物を念頭に置いたものである。
その人物、共和党指名候補ドナルド・トランプ氏は、もし米大統領選挙に敗れるとしても、新たなニュースネットワークの視聴者層を獲得しつつあるのかもしれない。いずれにせよ、トランプ氏は、彼の声に耳を傾ける膨大な数の国民、メキシコからの不法移民を食い止める「壁」を築き、ムスリムの移民に終止符を打ち、国民皆保険をめざすオバマ大統領の取り組みを覆すという彼の公約を愛する、現状に不満を抱く人々の運動を特定したのである。
欧州にも「面白い」連中はいる。
フランスでは極右の国民戦線(FN)を率いるマリーヌ・ルペン氏、オランダの極右政党、自由党ヘルト・ウィルダース氏、イタリアではポピュリスト政党である五つ星運動のベッペ・ グリッロ氏、極右のスウェーデン民主党のジミー・アケソン氏など、移民増加に対する大衆の反発とテロへの恐怖を追い風として、至る所で国会や地方議会で議席を獲得している。
既存政党や主流メディア、主要な国家機関はこうした政党を批判し、あるいは無視しようと努めているにもかかわらず、彼らは自国の世論調査でかなりの支持率を得ている。
ドイツでは、先週行われた北東部メクレンブルク・フォアポンメルン州の州議会選挙で、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が、首相自身の選挙区があるにもかかわらず、極右「ドイツのための選択肢(AfD)」を下回る3位の座に甘んじた。
ハンガリーでは、露骨な人種差別を示す反ユダヤ主義政党ヨッビクが大きな勢力になっている。オーストリアの大統領選挙は今年後半にやり直しとなったが、極右政党「自由党」指導者ノルベルト・ホーファー氏が大統領の座に就く可能性がある。
欧州におけるこうした右旋回の風潮のなかで、主な負け組となっているのが中道左派政党だ。英労働党の活発なベテラン国会議員フランク・フィールド氏はブレグジット(EU離脱)を支持していたが、労働者階級の支持基盤が、労働党を見捨てて反EUの右派・英国独立党に走りつつあると考えている。
欧州から目を移すと、ロシアにもプーチン大統領という「面白い」人物がいる。同じく面白いトランプ氏からの暗黙の支持を得つつ、クリミア地方をウクライナから奪い、隣国の脆弱な経済を脅かしている。ほとんどのロシア国民は3年前よりも生活が大幅に悪化しているにもかかわらず、プーチン氏は8割強の支持率を得ている。ドゥテルテ氏と同様、プーチン氏や同氏周辺のロシア指導部は、たえずロシアの偉大さ、独立性、そして米国への対抗を主張している。
米国は数十年にわたり、世界秩序の要になっていた。その世界秩序は、たえず挑戦を受けてはきたものの、決して崩れなかった。しかしその前提は、複数の力強い同盟国の存在、ロシア封じ込め、中国の脆弱性だった。現在、こうした条件はいずれも満たされていない。
このことが必然的に米国の無力化や世界的な大惨事に直結するわけではないが、とはいえ、こうした状況がリベラルな民主主義の脆弱性を際立たせ、対応を迫っているのは確かである。
キッシンジャー元米国務長官は6月、「今日、欧州では、あまりにも多くの労力が、本来の目標追求ではなく、構造的問題への対応に注がれてしまっている」と書いている。EUはその理想主義と目標を奪われ、迷走している。「面白い連中」は、偏見をまきちらし、国境に関する合意を破棄し、正当な法的手続を無視しても何ら責任をとらない。戦後の世界秩序は衰弱してしまったようだ。