啓発舎

マジすか? マジすよ

今昔物語、ばっかりだ、毎晩。
悪行編。
臥す、という動詞がこれほど色っぽいものだったか。
二人臥しにけり。この一語だけで今日日の物書きは5ページは書くな。
あと、奇異。あさまし。
あさまし、と思ひて云々。
これはつかえる。

世の中、あさましいことだらけだ。
このところでは、なんといっても東電さんでしょう、もう、いとあさまし。
根負け狙いか、分厚い賠償請求の書類。
ヒールの凄みすら感じさせる、墨塗りの手順書など。
居直りの美学か。そんなものあるか。

およそ人の手になる物語は、この、今昔物語あたりで完成している。
悲しいといっては泣き、楽しいといっては笑う。
妖しむ、これもキーワードだ。妖しみて云々。
怖いもの見たさ。好奇心、野次馬根性。
結局、これだろう、お話の本質は。

これ以後のあれこれは、すべて意味なし。
室町時代以後の小説の類は、悉くゴミなり。