啓発舎

マジすか? マジすよ

風邪の効用

夏風邪にやられて朦朧としている。気温が下がったのは、救いだ。
気がついたら夕方。きのうきょうで何時間ねたか。
すこし、さっぱりした。事務をすこし片づけた。
今回しみじみ思ったのは、風邪のいいところはほんとにものが考えられなくなること、ということ。
寝転んで活字をながめると、5分後には寝てしまう。
ネットをあれこれやるのも面倒、で、ひたすらyou tubeにお世話になった。受け身。

しかし、世の中便利になったな。youtube、なんでもでるね。
なんかみていると、右側に関連する動画一覧がでるもんだから、それをクリックしていると、思わぬところまで飛んでいく。当方の記憶が掘り返される。

それぞれの分野で、いろんな達成がある。それを、つまみ食いできる。
「知ってる」ということは、あまり意味がない。ネットの膨大な情報量から比べれば。
受け容れる、楽しめる、という、レシーバーとしてどうか、ということのほうが、だいじ。
ただ、そのためには、受ける側にも、地肩がいるんだろうね。
ぼーっとしているので、他にことばが思いつかないから、えいや、で言ってしまうと、教養、ということか。
あまり好きな言葉ではない。いまこの国でこの言葉は、カルチャーセンターに通う女の虚栄心みたいなニュアンスがつきまとってしまう。
なんだろう、ある程度時間をかけて耕し、発酵させ、体にしみつき、生きていくうえでの必須のエネルギー源になっている、ような、そういうことか。
必須アミノ酸のようなものか。
生物として自己保存していくためにはビタミンが必要。これはレモンかじって摂取する。
+α豊かにするための必須アミノ酸は、先験的に、ではなく、生まれてからかぎ回ってみにつけ、もちろん相性もあるから森羅万象カバーする必要はない、時間をかけて熟成する、内発的な、やむにやまれず淫してしまう、というのが自然だから、熟成する、のではなく、熟成してしまう、というほうが適切な言い方か、まあ、そういうようなこと。このレセプターが、ひろく深くあれば、この先まあまあか。
たとえば、おれなんかは、この国には、とてつもない達成があるが、それはだいたい江戸初期ぐらいまでだ、と思う。そこと自由に遊べればいい。
どうも、というようなことを繰り言としてこの何日間か、何週間か、ここしばらくぼそぼそ断片的につぶやいているようだ、おれは、ということが、この二日間うつらうつらしながらきがついた。

寝よう。